陸上界の怪力No.1決定戦!砲丸投げってどんな競技?ルール・見どころをご紹介

陸上界きっての力自慢が集まる砲丸投。室伏広治のハンマー投とよく混同されるこの種目だが実は投擲競技の中でも代表的な種目である。力比べの脳筋スポーツと思われがちだが非常に精密な動作が必要とされる技術種目だ。

【はじめに】この種目の正式名称は送り仮名を振らない「砲丸投」であるため当記事内では正式名称で表記する。

How it works

直径7フィート(2.135メートル)のサークルから砲丸(男子7.26㎏/女子4kg)を投げて距離を競うスコットランド発祥の競技1原型は古代ギリシアに見られるが、現代の砲丸投はスコットランドのハイランドゲームズに由来する。両肩を結ぶ線より砲丸を後方に保持してはならず、野球のようなオーバーハンドスローやサイドスローは禁止されている。

砲丸は首に固定して押し出す形で投げるが、親指と小指は砲丸を保持するために添えるだけであり、投げの際に力を加えるのは人差し指・中指・薬指の三本のみ。

砲丸は重心を指関節の付け根に乗せて保持する

競技者は34.92度の扇形エリア(セクター)内に砲丸を落とさなければならず、エリア外に出た場合は無効試技(ファウル)となる。また、投げ終わった後は必ずサークル後方から退出しなければならない。

砲丸押し出すという競技特性から英語では「Shot Put」と呼称され、投擲競技で唯一名称に「throw」がつかない種目となっている。

世界陸上・五輪で最も多くメダルを獲得しているのはアメリカであり、短距離種目に次ぐお家芸である。

砲丸の重量

上記の男子7.26㎏,女子4㎏というのはシニア規格(成年区分の競技者)として用いられており、中高生の大会で使用されているものとは異なる。

砲丸の直径は規定サイズ以内であれば公認されるため、選手は体格や嗜好に応じて様々な大きさの砲丸を投げている。

なお、混成競技では年齢区分に準ずる規格を用いる。
(例:八種競技→6㎏砲丸)

129mmの男子砲丸
【引用】www.nishi.com

基本的に年齢区分ごとの大会(中体連や高体連)では定められた規格を用いるというだけで、成年選手でなくてもシニア規格の試合に出ることは可能である。

規格 重量 直径
中学・ユース男子 5kg 100mm~120mm
高校・ジュニア男子 6kg 105mm~125mm
シニア男子 7.26kg 110mm~130mm
中学女子 2.72kg 85mm~110mm
ユース女子 3kg 85mm~110mm
高校・ジュニア・シニア女子 4kg 95mm~110mm

【参考:旧規格】
日本では2000年代半ばから後半にかけて中高生が使用する砲丸をユース・ジュニア規格に統一すべくルール改正が行われた。

なお、旧高校規格5.443㎏は現在でもアメリカの高校規格として使用されている。

余談であるがアメリカ高校記録はマイケル・カーター2娘のミシェル・カーターはリオ五輪の砲丸投で金メダルを獲得したの持つ24m78で、現在の世界記録保持者ライアン・クルーザーすら破れなかった不滅の記録となっている。

規格 重量 最高記録
旧中学男子 4kg 高久保雄介 19m41 (滋賀・明富) 2001年
旧高校男子 5.443kg(12ポンド) 畑瀬聡 19m57(福岡・博多工)2000年

【試合のようす】2019年 世界陸上ドーハ

ファウル

競技者が以下の行為に抵触した場合無効試技(ファウル)となり記録は計測されない。記録が伸びなかった際は、意図的にファウルにして記録を消すこともある。

・サークル外や足留器に体の一部が接触
・砲丸が落下する前にサークルから退出
・投擲後サークル両脇のラインより前方から退出

その他の細則や競技の流れは以下の記事を参照されたい。

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このページでは投擲競技の基本的なルールについて説明する。重要なポイントを押さえておけば観戦や競技の際に支障がでることはまずないだろう。 競技を行う上で頻出の用語は太字で表記している。   試技回数(Round) 投[…]

地域別最高記録

2003年に砲丸投を含むサークル系投擲種目の有効エリア改正され、40°から現行の34.92°へと変更された。

2002年以前の記録は有効エリアが40°の時代に樹立されたが、旧レギュレーションの記録は刷新対象とされていないため据え置かれている。

グライド選手の記録ならg、回転選手の記録にはrと併記した。

男子

砲丸の重さは7.26kg(16ポンド)。欧州を除き全て回転投法で樹立された記録である。

地域 記録(m) 選手 | 樹立年
アフリカ 21.97r ヤヌス・ロバーツ(南アフリカ)|2001年
アジア 21.49r デジンダーパル・シン(インド)|2021年
欧州 23.06g ウルフ・ティンマーマン(東ドイツ)|1988年
北中米カリブ 23.56r=世界記録 ライアン・クルーザー(アメリカ)|2021年
オセアニア 22.90r トマス・ウォルシュ(ニュージーランド)|2019年
南米 22.61r ダーラン・ロマニ(ブラジル)|2019年
日本 18.85r 中村太地(チームミズノ)|2018年
中国 20.41r 張竣(Zhang Jun)|2009年
台湾 20.58r 張銘煌(Chang Ming-huang) |2011年
韓国 19.49r チョン・イル(Jung Il-woo/ハングル:정일우)|2015年
 世界歴代十傑
※赤字は薬物使用を認めた、あるいはドーピング違反歴のある選手

1 23.56r Ryan CROUSER USA 27 MAY 2023
2 23.23r Joe KOVACS USA 07 SEP 2022
3 23.12r Randy BARNES USA 20 MAY 1990
4 23.06g Ulf TIMMERMANN GDR 22 MAY 1988
5 22.91g Alessandro ANDREI ITA 12 AUG 1987
6 22.90r Tom WALSH NZL 05 OCT 2019
7 22.86r Brian OLDFIELD USA 10 MAY 1975
8 22.75g Werner GÜNTHÖR SUI 23 AUG 1988
9 22.67r Kevin TOTH USA 19 APR 2003
10 22.64g Udo BEYER GDR 20 AUG 1986

女子

砲丸の重さは4kg。グライドが主流であった80年代~90年代の記録が大半を占める。

地域 記録(m) 選手 | 樹立年
アフリカ 18.43g3カメルーン出身のオリオール・ドンモが屋外で19m75,室内で20m43を投げているが2020年にポルトガルに国籍変更して以降の記録であるためアフリカ記録には含まれない Vivian PETERS-CHUKWUEMEKA(ナイジェリア)|2003年
アジア 21.76g 李梅素(中国)|1988年
欧州 22.63g=世界記録 ナタリア・リソフスカヤ(ソ連)|1987年
北中米カリブ 20.96g Belsy LAZA(キューバ)|1992年
オセアニア 21.24g ヴァレリー・アダムス(ニュージーランド)|2011年
南米 19.30g Elisângela Maria ADRIANO(ブラジル)|2001年
日本 18.22g 森千夏(スズキ)|2004年
アメリカ 20.63g ミシェル・カーター(アメリカ)|2016年
韓国 19.36g イ・ミョンサン(Lee Myung-Sun /ハングル:이명선)|2000年
 世界歴代十傑
※赤字は薬物使用を認めた、あるいはドーピング違反歴のある選手

1 22.63g Natalya LISOVSKAYA URS 07 JUN 1987
2 22.45g Ilona SLUPIANEK GDR 11 MAY 1980
3 22.32g Helena FIBINGEROVÁ TCH 20 AUG 1977
4 22.19g Claudia LOSCH FRG 23 AUG 1987
5 21.89g Ivanka KHRISTOVA BUL 04 JUL 1976
6 21.86g Marianne ADAM GDR 23 JUN 1979
7 21.76g Meisu LI CHN 23 APR 1988
8 21.73g Natalya AKHRIMENKO URS 21 MAY 1988
9 21.69g Vita PAVLYSH UKR 20 AUG 1998
10 21.66g Xinmei SUI(隋新梅) CHN 09 JUN 1990

投法

主な投法はグライド投法と回転投法の二つ存在するが、現在世界では回転が、日本ではグライドが主流

これらの投法は体格や個人の趣向・適性次第で選択するものであり、習得には年月を要する。

なお、大会エントリーにあたって投法を申請する必要はない。

安定のグライド

革新的技術で従来のステップ投法を圧倒したオブライエン

1950年代にアメリカのパリー・オブライエン(Parry O’Brien)が考案した投法。考案者の名前をとって“オブライエン投法”とも呼ばれる。

右利き選手の場合、サークル後方に向かって右足を前に出し、腰を落として左足を投擲方向へ引きこむことで右足を引き付ける。そこから体を起こして一気に砲丸を突き出すという投法である。

オブライエンはこの投法を用いて世界記録を17回も更新し、オリンピックでも二連覇を果たした伝説的選手となった。

伝統的に欧州、特にドイツ勢が得意とする技術であり、グライドを用いたドイツ選手は世界大会で数多くのメダルを獲得してきた。

素早く正確に

直線的な動き」と言われしばしば回転投法と対比される。回転運動を伴わず安定した投擲を記録しやすいが、大きな記録は出にくいのが特徴。また、グライド投法が描く放物線は回転に比べ高いことも特徴の一つに挙げられる。

グライドは性質上、長身選手向きの投法だと言われており、回転投法に比べ細身で素早い動作を得意とするスピードタイプの投げに分類される。

北京・ロンドン五輪を二連覇したトマシュ・マイェフスキ(ポーランド)は204㎝の巨人

しかし近年では後述する回転投法の隆盛により、世界大会ではほとんど用いられなくなった。一方、習得難易度の差や安定性を重視して十種競技の選手や女子選手からはグライドの方が好まれている。

【長所】安定性・習得が比較的容易
【欠点】一発が出にくい

疑惑の時代

グライド投法の世界最高記録保持者ウルフ・ティンマーマン(東ドイツ)

砲丸投の歴代上位記録には1980年代の選手がいまだ数多く存在するが、当時はドーピングの規定や検査技術が未発達であったこともあり現在では薬物使用を疑われている選手ばかりである。

この時代はまだ回転は発展途上の技術でありほとんどの選手がグライドを用いていた。過去20年で世界歴代10位以内に食い込んだことがある選手は全て回転の選手であり、グライドで好記録を出すことがいかに難しいかを物語っている。

2000年以降で22m台を記録したグライド選手はダビド・シュトール(ドイツ)のみ4室内・記録抹消選手を除くで、彼の自己記録22m20(2015)は世界歴代24位タイである。

しかし卓越した技術を持つシュトールでさえ歴代上位ではないという事実が皮肉にも回転時代の到来を象徴することになった。

シュトールは世界陸上’11・’13を連覇した“グライドの雄”

一発の回転

183㎝ながらアテネ五輪・ヘルシンキ世界陸上を制したアダム・ネルソン(アメリカ)

左足・右足を交互軸にして一回転半して投げる技術。円盤投のターンと似ているが本質的に異なる点がある。

円盤投の場合は円盤をできる限り体の遠くで遠心力を得るのに対し、砲丸投の場合は遠心力で外へ逃げようとする砲丸を体の内側(回転軸)にとどめておかなければならない。

不安定な回転運動であるため習得難易度はグライドよりも高く、しばしば安定しない投法と言われる。回転途中でバランスを崩して転倒したり、扇形の有効エリア外に砲丸が飛んだり、足留材を踏んでしまったりと常にファウルの危険性と隣り合わせである。

安定性こそ欠けるが回転の特徴・メリットはその爆発力にあり、歯車がかみ合った時の一発は形勢を大きく覆すだけの力を秘めている。

それゆえにかつては体格に劣る小兵選手が好む投法という見方が強く「伸るか反るか」な博打投法であった。しかし現在では回転でも驚異の安定感を誇る選手がいる。

それが世界記録保持者のライアン・クルーザーだ。

歴代No.1の安定感を誇るクルーザー
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ライアン・クルーザー(英語:Ryan Crouser)はアメリカの砲丸投げ・円盤投げ選手。2016年リオ五輪で金メダルを獲得。男子砲丸投げの世界記録保持者(屋外23m56/室内22m82)。 テキサス大学卒、現在の所属はナイキ。 ※クラ[…]

クルーザーだけでなく、ジョー・コバクス(アメリカ)やトマス・ウォルシュ(ニュージーランド)ら他の選手とは一線を画す“BIG3”は多くの砲丸選手にとって夢の大台である22mを連発できるだけの回転技術を誇る。

安定させることが非常に難しい技術であるが、歴代屈指の実力者なら安定させることも不可能ではない投法である。コバクスやクルーザーが台頭した2015~2016年あたりからグライド選手の数が減少に転じ、回転投法が取って代わる世界的な潮流が巻き起こった。

2019年世界陸上ドーハでは出場選手中グライドは二人で、2021年東京五輪,2022年世界陸上オレゴンでは全ての選手が回転投法を用いており今後もこの傾向が加速していくものと考えられる。

高い技術と身体能力を発揮し時代を切り開いてきたクルーザー
【長所】大記録がでやすい
【欠点】習得が難しく安定性に欠ける

 その他の投法
余談になるが初心者向けの投法として他にサイドステップステップバックといった投法が存在する。後者は十種競技や七種競技などの混成選手や女子の砲丸投選手が用いることもある。

【サイドステップ】
オブライエンが台頭するまではオリンピックでも用いられていた。現在では競技歴が浅い初心者が用いるのみである。

【ステップバック】
足を交差させて投げる投法。グライドでは右足支点で開始するのに対し、ステップバックでは左足→右足とステップを踏んで投げる(右投げの場合)。

十種競技元世界記録保持者のA.イートン

見どころ

男子の砲丸はボウリングで最も重い16ポンドに相当する重量。界記録23m56はテニスコートの端から端まで(23m77)投げ切るようなもの。

日本記録(18m85)なら野球のマウンドからバッターボックスの距離

大きさは直径110mm~130mmでトイレットペーパーを横に持った時と同程度だが、スポーツなどで体を鍛えていない一般人では地面から片手で持ち上げられないほどの大きさと重量感がある。

ボウリングの16ポンドと重さは同じでも、砲丸のほうが比重が大きいため手に持った時はより重く感じられるだろう。


 世界記録に相当する距離

・ボウリングのアプローチ(助走路)の端から一番ピン(約22m90)を超えるくらいの距離
・大型バス(12m弱)二台分
・トヨタ プリウス 約五台分

30代以上の男性なら一度は少年漫画雑誌のゴミ出しをした経験があるのではないだろうか
初心者が投げるとどうなる?
運動習慣のない成人男性なら6m,運動習慣があり筋力の強い男性なら8mを超えるどうかという程度である。間違いなく9割以上の未経験者は10mにも達しない。

ストロングマンのエディ・ホールでも何回か練習してようやく14m投げるのがやっとであり(これはこれで途轍もないが)、初見で10mを越えられるとすればパワー系競技日本選手権クラスの選手くらいだろう。


女子の砲丸は4㎏で直径は95mm~110mmでソフトボールの大きさと同程度。男子の砲丸よりも一回り小さいため成人男性なら持ち上げることができる重さだが、それでも一般女性にはかなりの重量に感じられるだろう。

世界記録は22m63だが、記録樹立当時の背景を考慮して実質的な世界記録と考えられる21m24を基に例えてみる。


 世界記録に相当する距離

・JR在来線車両一両(20m)
・体力測定のシャトルランの距離(20m)
・バージンロードの約二倍(20m)

その分厚さで有名な六法全書とほぼ同じ重さ

六法全書をインストールしたソフトボールを車両一両分投げるのが女子砲丸投だ。日本記録なら渋谷スクランブル交差点の端から端までの距離とほぼ同じ。

身近なところで言えば成猫の体重も4~5㎏ほどである。

余談であるが旧規格(4kg)時代の中学男子日本記録は高久保雄介の19m41である。世界トップクラスの女子は日本中学男子と同等とよく言われるが、砲丸投に関しては世界トップレベルの女子選手が勝っている。

日本の中学男子でも全国クラスなら180㎝,100㎏を超える大柄な選手もいるが、単純なパワーのみならず長い年月をかけ培ってきた技術力の差が記録に表れているということである。

 競技者目線での魅力
怪力を誇る世界クラスの選手でさえ7.26kgは決して軽い重量ではないが、世界記録保持者のクルーザーは「完璧な投擲ができた時は砲丸の重さを全く感じなくなる」と語っている。重量物を何ともないかのように投げ飛ばす─これが競技者としての快感なのだ。

記録の目安

世界大会での優勝やメダルラインの記録水準について解説する。

男子

回転投法の躍進もあり近年は全ての記録水準が上昇傾向にある。

2019年以降の世界大会では22mがメダルライン22m後半~23m台が優勝ラインという状況が続いている。入賞ラインは20m50~21m前後で、予選通過ラインもこれに準ずることが多い。

この6年ほどは世界記録を持つクルーザーを筆頭に22m91のベストを持つジョー・コバクス,トマス・ウォルシュらを中心に試合が展開されている。

女子

男子と比較して回転・グライドの割合が半々であるが、近年は優勝ラインが20m台にまで戻ってきた。メダルラインは19m中盤~後半に収まることがほとんどで、コンディションや選手の調子次第でメダリスト全員が20mを超える可能性もある。

入賞ラインは18m~18m50の間になることが多い。

デッドヒート

フィールド種目全般に当てはまるが、試技は6回あるため最後まで誰が勝つかはわからない。

砲丸投は特に終盤の5投目・6投目に勝負が決まりやすく、勝負が膠着していても誰かがその状態を打ち破るかもしれない…いつ逆転劇が起こるかわからないスリルこそが砲丸投の醍醐味である。

実力が拮抗しているからこそ数センチの差が勝敗を分けることも珍しくない。瀬戸際の戦いが7フィートのサークルで繰り広げられるのだ。

シャウト効果

砲丸投選手は投擲の際によく叫ぶ。
声を出した方が力が入るという科学的根拠だけでなく、良いパフォーマンスが出来た時は自然と声が出るという本能的なものも関わっている。

当サイト管理人の見解も載せているので以下の記事も参照してほしい。

必要とされる体格・能力

砲丸を遠くへ投げる技術はもとより、高い筋力と瞬発力が要求される。投擲競技で最も重い投擲物を扱うため、砲丸に押し負けない体重も必要である。

筋肉だけでなく脂肪も大量に備えるのはそのためだ。

世界トップクラスの選手は120㎏~150㎏の選手がほとんどで、世界大会に出場する選手で100㎏を割る選手はまずいないと考えて良い。

腕力ばかりの競技と思われがちだが、競技者の間では「砲丸は脚で投げる」という言葉があるほど足腰の強さも重要視される。

脚筋力が弱いと地面から得た反動(地面反力)が上体に伝わらず、投げの局面で重い砲丸を上手く押すことができないからだ。

選手を人間大砲に例えるならば、砲身が腕(または上体)だとすると下半身は砲台であり、いくら立派な砲身を備えていても砲台が貧弱であれば長距離射程に堪えないという話だ。

砲丸を突き出すために重要なベンチプレスだけでなく、スクワットやデッドリフト、クリーンやスナッチなどのクイックリフトをやりこむことでサークルの反発を引き出せるようになるのである。

ウエイトトレーニングだけでなく、選手達は瞬発力養成のためにダッシュやジャンプ系のトレーニングも行っており、特に立ち幅跳びを始めとするジャンプ系はコントロールテスト5身体能力を測るためのテストの種目として重視されることが多い。

投擲選手、特に砲丸投選手の目指すところはすなわち“動けるデブ”というわけだ。

世界クラスの選手であれば100kgを優に超える体躯で立ち幅跳び3メートル以上を記録することが珍しくなく、3メートルを超えるか否かが投擲選手の基準としてよく用いられる。

大男>小兵ではない

砲丸投のサークルは直径およそ2.1メートルしかなく、身長が2メートル以上ある選手にとっては非常に窮屈な空間であり巨漢選手はファウルを避けるため動きが小さくなる傾向にある。

一方、小兵選手の場合はファウルをあまり気にせず大きな動きを心がけることができる。だからこそ砲丸投のピットには180㎝~200㎝の様々な体格の選手が集う。そしてこれが砲丸投の魅力の一つである。

現在の世界記録保持者ライアン・クルーザーは201㎝の大男だが、彼は恵まれた体格に加え狭いサークルを余すことなく使える技術を身に着けたからこそ31年ぶりに世界新を出せたと言っても過言ではない。

クルーザーのライバルであるジョー・コバクス(アメリカ)やトマス・ウォルシュ(ニュージーランド)はそれぞれ183㎝,185㎝と大柄ではないが卓越した技術でクルーザーを破ったこともある。

比較的小柄だが高速回転で22mを連発するウォルシュ

傾向として、コバクスのような小兵はリーチによるパワーの差を補うため増量やウエイトトレーニングに力を入れている選手が多く、体重だけで見れば2メートルクラスの選手と同等かそれ以上の場合もある(大体130㎏以上)。

コバクスはスクワットで400㎏近く持ち上げる

 力士の適性

よく「力士を転向させたらいいのではないか」との意見を耳にする。しかし150㎏を優に超える力士は明らかに過体重であり、投擲に必要とされる瞬発力は必然的に犠牲になる。

確かに土俵の上では俊敏な動きを行う力士もいるが、土俵よりも遥かに狭いサークルで同様の動きは難しいだろう。

さらに相撲で良しとされる短足体型は砲丸投ではデメリットが大きい。脚の長い選手は少ない運動量で大きなエネルギーを生み出せるのでリーチの差が記録となって顕著に表れるのである。日本勢が苦戦する最大の原因の一つとも考えられるほどだ。

もし可能性があるとすれば元大関琴欧洲のようなソップ型で手足の長い怪力タイプの力士であろう。彼ほどの体格ならばもし砲丸投を選んでいたとしてもある程度の結果は見込めたはずだ。

つまり、例外はあれどそう簡単に通用するほどこの競技は甘くない。

勢力図

男子と女子で勢力図や投法が大きく異なるのが特徴である。男女ともに旧ソ連や共産圏の国が席巻していた時代もあったが、少しずつ選手層にも多様性が生まれるようになってきた。

アメリカ一強の男子

歴代記録・世界大会でのメダル数ともにアメリカが世界を席巻している。世界陸上オレゴンではアメリカ勢が表彰台を独占するなど圧倒的な強さを見せた。

アメリカは国内に23mのクルーザ―、22mのコバクスを筆頭に21mを超えるベストを持つ選手が多数おり、代表権を懸けた全米選手権は熾烈な争いが毎回展開されている。

対抗勢力としては古豪ドイツやポーランドなどの欧州勢が筆頭に挙げられる。個人レベルではトマス・ウォルシュを擁するニュージーランドは健闘しているが、国単位の層の厚さでは比較にならない。

かつては回転のアメリカ、グライドの欧州といった構図だったが近年世界の砲丸投シーンでは回転投法が圧倒的多数を占めており、欧州でもグライドを用いる選手が激減している。

アジア勢は存在薄

世界記録がライアン・クルーザーの23m56なのに対し、アジア記録はテジンダーパル・シンの21m49(2021年)と大きく水をあけられている。

例年の世界大会では出場者が数人程度であるが、ゼロの年もある。五輪・世界陸上を通じてアジア選手のメダル獲得は前例がなく、決勝進出は極まれにあるものの入賞はほとんどない。短距離と並び苦戦を強いられている種目である。

アジア勢ではコーカソイドに分類され体格の大きな選手が多いインドやイランなどの西アジア・中東勢が優位を占めており、直近のアジア記録保持者三人は全てこの地域出身6テジンダーパル・シン(インド),アブデラーマン・マームード(バーレーン),サルタン・アルヘブシ(サウジアラビア)

国内記録で比較すると中国,台湾は20mを超えており、2012年ロンドン五輪では張銘煌(台湾)が決勝に進出し12位となった実績がある。

日本男子には鬼門種目

東アジアでは中国,台湾の国内記録が飛びぬけているが、韓国の国内記録は19m49であり日本記録18m85を上回っている。

日本勢にとって短距離種目とは比較にならないほど苦手な種目である。一方、欧米ではサブ種目として砲丸投に取り組んでいる円盤投選手も大勢存在するが、世界トップクラスになると日本記録を大きく超えるベストを持つ選手も少なくないほど。

スコアリングテーブルという記録を得点に換算し種目間の比較に用いる指標によると、他の種目が軒並み1100点を超えている中、砲丸投は1052点で正式種目のうち最低点である7次点は円盤投の1108点

このことからも日本男子が特に苦手とする種目であることが見て取れる。

女子は中国勢がリード

女子は男子と勢力図が大きく異なっており、投法もグライドと回転が今だ混在している。しかし近年では回転の勢力が増してきていることは念頭に置いておきたい。

欧州VS中国

10年以上世界のトップを行く鞏立姣
【引用】https://www.chinadailyhk.com/attachments/image/35/234/39/624601_309006/624601_309006_800_auto_jpg.jpg

女子は伝統的に欧州と中国が有力選手やメダリストを多数輩出してきた。世界記録こそナタリア・リソフスカヤ(ソ連)が持つ22m63だが、度重なるドーピング問題や国際大会からの締め出しによりロシア勢は強豪国から外れた。

2000年代はナデジダ・オスタプチュクを筆頭にベラルーシ勢が活躍していたがドーピング違反により軒並み失格、メダルをはく奪されており現在では見る影もない。

欧州勢は世代ごとに優秀な選手を抱える国が異なることも珍しくないが、中国女子は伝統的に投擲種目が強く各世代で世界トップクラスの選手を輩出し続けておりアジア記録も中国の李梅素が持っている。

中国はグライドの技術を磨いてきた国であり、世界陸上・五輪でメダルを獲った黄志紅や鞏立姣はグライドを用いている。かつては日本記録保持者の森千夏がその技術を学びに単身遠征したほどだ。

しかし近年では宋佳媛という回転投法で20mを超える選手が台頭し始めており、回転の波がアジアにも波及していることがわかる。

強豪国ではないが、ニュージーランドには五輪二連覇(’08・’12)・世界陸上(’07~’13)を四連覇したヴァレリー・アダムスという選手がいたが彼女もグライド投法を用いていた。

回転のアメリカ勢

女子史上初めて回転投法で世界を制したC.イーリー

男子に比べ成績で大きく劣っていたアメリカ女子はミシェル・カーターの台頭で風向きが変わり、近年では記録水準の上昇が著しい。カーターは2015年世界陸上北京で銅メダルを獲得すると、2016年リオ五輪ではアメリカ女子初のオリンピック金メダルに輝いた。

グライド投法のカーター以外にもマギー・ユエンやジェシカ・ラムジーら19m~20mのベストを持つ回転投法の選手が現れ、世界大会決勝にも複数選手を送り込むようになった。

2022年世界陸上オレゴンではチェイス・イーリーが母国に女子史上初の砲丸投金メダルを持ち帰った。また、回転選手の優勝も女子砲丸投史上初の快挙であった。

近年の世界ランクを見ても中国に並ぶ砲丸王国としての地位を確立したと見ていいだろう。

中国以外のアジア勢

中国を除くアジア勢は世界の舞台では全く存在感がなく、男子とは異なり中東勢も層が薄い。

一方、日本勢は男子に比べ健闘しており、世界陸上パリ・アテネ五輪に出場した森千夏(日本記録保持者,18m22)や世界陸上ヘルシンキ・大阪の二大会に出場した豊永陽子など世界への扉を開いた選手も過去にはいた。

近年では世界大会の予選通過記録が日本記録以上に設定されることも珍しくなく、日本勢は2004年に樹立された森の日本記録更新が課題となる。

日本における砲丸投

中学陸上で採用されている投擲競技は砲丸投・円盤投のみで8ジャベリックスローという競技もあるが、ジュニアオリンピックでしか採用されていない多くの投擲経験者が最初に触れる投擲種目である。

中学男子は5㎏・女子は2.72㎏の砲丸が用いられているが、男子砲丸は2006年に競技要綱が改定されるまでは成年女子と同じ4㎏を用いており、現行規格はユース規格(17歳未満の世界統一規格)である5㎏に統一するために採用された。

中学の全国大会では円盤投が採用されておらず、砲丸投が投擲種目として唯一採用されている。そのため中学段階では砲丸投をメインとする選手が多いが、中にはディーン元気9現在はやり投選手として活躍しているが高校までは砲丸投・円盤投を兼ねていた。のように円盤投を得意とする選手も存在する。

先述の通り日本勢は世界に大きく後れをとっており、世界記録と日本記録では約4.5メートルもの開きがある。

世界記録保持者のライアン・クルーザーは20ポンド(約9kg)の砲丸でも20m20を投げることができるが、恐らくクルーザーに10㎏の砲丸を投げさせて(=3㎏近くのハンデを与えて)ようやく日本選手と互角になるかどうかという次元の差である。

また、20歳未満の選手でも世界トップクラスの選手は7.26㎏で19m~20mを超えるため残念ながら日本勢の水準はジュニア選手以下と言わざるを得ない。

2022年の世界ランクでは日本記録ですら150位相当となっており世界大会出場すら夢物語であるというのが現状だ。

残念ながら日本選手権の注目度も低く、男子で18m台の投擲が出ても歓声が上がることは少ない。

グライドが主流

世界大会ではグライドの選手はほとんど見られなくなったが、日本ではまだまだグライドが主流。2022年の日本選手権もグライドを用いる村上輝が制した。

回転が少ない理由の一つに指導者不足が挙げられる。習得が難しい技術のため独学で身に着けようという選手は多くない。

しかし近年は世界の潮流が日本にも及んだか、回転を用いる選手が高校生にも出てくるようになった。日本記録も回転投法でマークされたものである。

日本記録は20年以上18m台で停滞しており、19m突破が切望されているが未だ達成されていない。回転の技術を極め少しでも世界に近づく端緒を開けるかが目下の課題である。

過去30年の砲丸投

男子

1990年代~2010年代前半まで優勝記録が21m~22m前半、メダルラインが20m後半~21m前半という水準で推移していた。

優勝者もグライド,回転ともにいたが、2015年ジョー・コバクスが世界陸上北京で、2016年ライアン・クルーザーがリオ五輪で優勝してからは回転選手の時代が到来。

優勝記録も2016年以降は22m中盤~23m台まで上がり、2019年以降はメダルラインが22m台という、疑惑の80年代すらも上回る空前絶後のハイレベルが続いている。

2021年に世界記録が31年ぶりに更新され、薬物のイメージが強かった男子砲丸投がクリーンアスリートによる新時代に突入したと言える。

女子

リソフスカヤの22m63は最も更新困難な世界記録の一つだ

ドーピング違反歴のある選手を除き、世界歴代21位までは1990年以前にマークされた記録であるという事実が女子砲丸投の歴史を物語っている。

歴代上位には第二次世界大戦前に生まれた選手がいるほどであり、男子以上に薬物汚染の背景を色濃く残している。実質的な世界記録はヴァレリー・アダムスが持つ21m24であるが、世界記録とは1メートル39センチもの開きがある。

90年代は連覇者が続いたため、世界陸上・五輪を通じて金メダリストは黄志紅,アストリッド・クンバーヌス,Svetlana Krivelyovaの三人しかいない。

このうち黄とクンバーヌスは旧共産圏の選手で違反歴はないものの薬物使用が疑われており、Krivelyovaに至ってはドーピング違反歴がある。

2000年代にはロシア勢とベラルーシ勢が台頭し、メダルを量産したが後にドーピング違反により失格者を大勢出す失態が続いた。メダルをはく奪されていない選手も違反歴のある選手であり旧共産圏の薬物汚染は依然として深刻であった。

2010年代に入ると状況が一変。ロシアの組織的ドーピング露呈やオリンピックに際しての検体再検査などが重なり検査体制が厳格化。前述の通り遡及的に2000年代のメダリストが大勢失格するというスキャンダルに発展した。

2000年代後半から圧倒的な強さを誇っていたのがヴァレリー・アダムス。しかし2012年ロンドン五輪ではナデジダ・オスタプチュク(ベラルーシ)に敗れ銀メダルに終わる。

ところが大会後にオスタプチュクのドーピング違反が発覚・金メダルをはく奪され、繰り上がりでアダムスが二連覇を達成するという後味の悪い結末となった。

オスタプチュクは2005年以降に獲得したメダルを全て剝奪された

アダムスは翌年の世界陸上モスクワも制し世界陸上四連覇を達成、リオ五輪で銀,東京五輪で銅を獲得し違反歴なしのまま2021年に現役を引退した。

幸いにも世界陸上モスクワ以降の大会ではメダル剥奪は起きておらず、ようやく女子砲丸投にもクリーンアスリート時代が到来したと言えよう。

怪我しやすい箇所

投法にかかわらず100㎏を超える選手が片足立ちになるため膝を故障することが多い。特にグライド投法は沈み込む際に軸足に体重がかかりやすく、膝を故障する選手が少なくないため膝にサポーターを巻いた選手もよく見られる。

砲丸を突き出す際には瞬間的に大きな負荷がかかることにより肘を傷めたり指の腱を切ることがある。リリース時にはスナップを利かせるので手首にも大きな負担がかかる。そのため手首を固定するためのテーピングやストラップを巻く選手が非常に多い。

用語

用語 英名 解説
サークル circle/ring 選手が砲丸を投げるための直径7フィートの円形コンクリート
有効試技 fair throw 記録が残る試技のこと
無効試技 foul ファウルのこと
足留材/足留器 toeboard サークル前方に設置されたファウル防止用の用具
白旗/赤旗 white/red flag 審判が上げる有効/無効試技を意味する旗
ベスト8/トップ8 top eight 前半三投の上位8名。四投目以降に進める
タンマグ/炭酸マグネシウム chalk 砲丸の滑り止めに用いる粉
スローイングシューズ throwing shoes 砲丸投に用いる靴。ソールはゴム製。通称スロシュー。
テーピング/リストラップ taping/wrist wrap 手首を保護・固定するために巻く
スナップ snap 砲丸を押し出して指先で弾く動作のこと
ターン turn/spin 回転投法の別称。投法よりも実際の動作を指すことが多い
リバース reverse リリース直後に前後の足を入れ替える技術のこと10ジャンプ動作にも見えるが厳密には足の交換という方が正しい
ワインドアップ wind up 回転動作に入る前の腰を左右に捻る準備動作
小山裕三 元砲丸投選手で日大陸上部監督。世界大会での辛口解説でおなじみ。声が似ているとのことからインターネットでは「高田総統」と呼ばれることがある

その他備考・豆知識

・大会によっては砲丸の持ち込みを認めていることもある
・1896年第一回近代オリンピックから実施されている歴史ある種目である
・世界記録保持者クルーザーが愛用する砲丸はNISHIの129mm砲丸であり、23m56もこの製品で記録された
・砲丸は厳密には7.257kg以上とされており、7.26kgは概数表記
・砲丸投・円盤投を兼ねる選手は少なくないが両種目でメダルを獲った選手はほとんどいない
・NFLにも砲丸投経験者が大勢いる
・スローイングシューズはNIKEが圧倒的シェアを誇る
・視覚効果で重量を感じさせないための明るい色の砲丸も存在する

規格への順応

女子は中学(2.72kg)→高校・シニア(4㎏)で規格が一回しか変わらないのに対し、男子は中学(5kg)→高校(6kg)→シニア(7.26kg)と二回変わる上に重量も2.26kg増加するため順応に苦労する選手が多い。

高校で目覚しい活躍を見せた選手でもシニア規格で高校ベストを上回るのに何年もかかることがあり、その点は海外勢も例外ではない。