投擲競技において合理的なフォームとは

オコイエのフィジカル面での強さは円盤投選手の中でも最上位に位置するだろう。しかし、彼がアメフトに熱を上げている間、他の選手は円盤を遠くへ投げることだけを考えていた。同じく一流の素質を持ったもの同士、長年のブランクにより生まれた差は容易に埋まるものではない。

とはいえ、67mを投げられる選手は世界でもそう多くはなく、日本記録よりもずっと上の高水準な記録であることは間違いない。頂点にこそ届かないが、ある意味ではオコイエの身体面におけるアドバンテージは、技術や経験のハンデを補って余りある1余談ではあるが、陸上に出会う前はラグビーのエリート選手だったオコイエ。筋力・身体能力は言うに及ばず、身体操作などの俗に言う“運動神経”は決して悪くなかったと考えられる。それでも中々効果的なフォームを習得できていないことが、円盤投におけるターン技術の奥深さを感じさせる とも言える。まさしく前述したタイプBの投げであり、これはこれで恐ろしいものがある。それでもなお、現時点では飛躍的な技術の向上なしに70mの大台や世界記録といった議論の俎上に上がる存在ではないことは確かだ。

誤解しないでほしいのだが、投擲において重要なのは技術>フィジカルといった単なる二元論に終始することではない。どちらもあるに越したことはなく、両方を兼ね備えた選手であればより上位を狙えることは疑いようがないからだ。

室伏広治はかつて「技術は力を活かすための道具。どちらも大事」と語っていたが、投擲においてはその両輪のバランスが大切なのではないかと思う。

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陸上における“総合芸術”

つまるところ、投擲は“総合力”の勝負であると私は考えている。体格・体力・技術・経験・精神・時運…。これらを総て合わせた総合値の高い個体が、大台や金メダルといったごく一部の人間にしか成しえない偉業を達成するのだと。どれ一つとっても、一人として同じ能力を持つ人間はおらず、必ず優劣が存在する。だからこそ、どの要素においても高い水準にある人間が頂点を極める可能性が高いのではないか。フィジカルだけでも、技術だけでも駄目。いくら一つの要素だけ特化しようとも、その他の穴を埋めるのは至難の業である。

多様な能力を持つ世界の超人たち

円盤投げでは2000年以降の金メダリストは2015年のマラチョフスキを除き、皆2メートル級の選手ばかりである(※リーデルは199㎝)。では彼らが体格だけ優れているかといえば決してそうではなく、ほとんどが超一流の技術を持つ世界一にふさわしい逸材である。

たとえば、近年成長著しいクリスチャン・チェーも206㎝の長身を上手く操る技術があるからこそあの若さで世界歴代4位まで伸ばせたのだと私は考えている。チェー以前の2mを大きく超える選手は、体格を持て余すことが多かったように思う。歴代でも70m台を記録したのはフランツ・クルーガ―(203㎝)くらいのものだった。

近年ではクリストフ・ハルティングダニエル・ジャシンスキなど207㎝の選手もいるがベストはそれぞれ68m37・67m47と体格を考えるとやや物足りない数字である2ハルティングは金メダリストなので前述の発言とやや矛盾するが、201㎝の兄・ロバートの方が技術・記録(70m66)・成績(世陸三連覇・ロンドン五輪金)ともに優れていた。円盤投げは特に身長やそれに伴うリーチの長さが活きる種目であるが、結局その他の要素も高い水準でなければ常に上位を争うことは厳しい。

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砲丸投の世界記録が更新されたのは、身長・身体能力・技術の三拍子揃った稀代の天才─ライアン・クルーザーの存在あってこそ。旧世界記録23m12から自身の23m56まで伸ばせたのも、本人の努力はもとより、投擲に必要な素質が全て高水準で備わっている恩恵が非常に大きい。ライバルのジョー・コバクスはパワー偏重と思われがちだが、彼もまた高度な技術なしに23m23には到達できなかったはずだ。無論、トマス・ウォルシュも。

ハンマー投げのイーサン・カツバーグは経験や筋力こそ他に劣るものの、わずか4年であれだけのターンを仕上げる才覚とハンマーではデメリットが大きい2メートル近い長身を上手く操る身体操作技術あっての世界陸上優勝だったように思う。

https://www.tsn.ca/other-sports/canada-s-ethan-katzberg-wins-gold-in-hammer-throw-at-world-championships-1.1998050
ハンマーの未来を背負う超逸材が秘めた可能性は測り知れない

操る技術さえあれば、体格が大きな選手に分があるというのは厳然たる事実である。だからこそ、技術という後天的な要素が大きな比重を占める投擲でさえ、努力では変えようがない身長という才能で篩にかけられる側面は否定できない。

日本人メダリスト─室伏広治,北口榛花,村上幸史も、世界の舞台では平均的とはいえ、他の日本選手より恵まれた体格であることは疑いようのない事実である。高身長と身体能力、技術を備えている彼らが献身的に競技に取り組んだ結果、日本投擲界に金字塔を打ち立てることとなった。

  • 匿名2024-02-15

    スポーツの話だとテクニックとフィジカルを分けて考えたがる人も多いですが、少なくとも投擲においてこの二つは不可分でしょうね
    世界のトップ選手はどちらもハイレベルです(代表的なのはクラウザー、ギュンター、室伏さん等…)

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    • 投人2024-02-15
      ↳ への返信

      フィジカルがあって初めて成立する動きもたくさんありますからね。おっしゃる通りその三人のようにどちらもハイレベルにある人が頂点を極めるのかと思います。

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      • 匿名2025-07-16
        ↳ 投人 への返信

        フィジカルがあって初めて成立する動きがあるっていうのにものすごく共感を覚えます。
        そもそも投擲物って重いですからね。

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        • 投人(admin)2025-07-16
          ↳ への返信

          陸上で道具をメインに扱う種目って投擲と棒高跳とリレーくらいしかないんですよね。身体を素早く移動させる、重心を上手に運んでいく動作が主となる走・跳種目に対し投擲は道具に大きな力を加える運動であり、全身で生み出すパワーがとにかく重要になります。重量物に負けないだけのフィジカルがあるのとないのとでは大きな違いがありますね。投擲物を軽く扱えるというだけで投擲動作における「ゆとり」には歴然とした差が出てくるのではないかと思います。

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          • 匿名2025-08-17
            ↳ 投人(admin) への返信

            「技術のが大事だー」とか言ってウェイトから逃げてきた私には耳の痛い話です…!
            ちゃんと筋トレもしないとなあ…

  • 匿名2025-08-26

    投人さんは、「綺麗に見えるフォーム=合理的なフォーム」は成り立つと思いますか?また、その逆は成り立つと思いますか?
    私の場合、自分の円盤のターンを動画で見返した時、間違った動きがあれば、なんか違うなあとなるのです。
    しかし、上手いと言われている人のターンでもたまに違和感が生じることがあり、上手ければ綺麗に見えるという自分の感覚に疑問を持つようになってしまったわけです。
    ご意見を聞かせていただければ嬉しいです。

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    • 投人(admin)2025-08-26
      ↳ 匿名 への返信

      うーん難しいですが、概ねその傾向があるといったところでしょうか。綺麗に見えなかったり、定石から外れたように見えるターンをする人でも強い人はいますからね。過去私の動画で解説したワイスハイデンガー選手やオルテガ選手がそれに当たるかもしれません。やはり個人個人で能力や体格は異なりますから、その人にとっては正解・合理的なのかなと。

      綺麗に見えるかどうかは完成度の高さもそうですが、ターンの個性に依るところも大きいのではないでしょうか。定石通りのターンをしている人(円盤の残しが大きい・ブロックが上手いなど)であれば完成度さえ伴っていれば美しく見えるものだと思います。

      私も、日本のトップ選手を見ていて必ずしも綺麗なターンをしている人ばかりではないと感じていますが、実際結果は出しているので彼らにとっては合理的なのでしょう。
      ただ、匿名さんの感じた違和感を選手本人が感じている可能性もありますので、その感覚が間違いとも言い切れないかもしれませんよ。

      形を真似ることも大事ですが、最優先されるべきは目標とする動きが出来た場合、本当に飛距離に寄与するのかということではないでしょうか。実際すぐ飛距離に結びつかなくても、投げやすくなったとか、ファウルが減ったというようなプラスの効果が表出するならばあなたにとって理に適った動きになっているということだと思います。

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      • 匿名2025-09-20
        ↳ 投人(admin) への返信

        自分から質問しておいて、お礼の一言も言わないまま…気づいたらこんなに時間が経ってました。無礼をお許しください。
        改めて詳細な説明ありがとうございました!!
        これを踏まえると、いい投げをしようとするなら
        、正しい形だけでなくどうすれば飛ぶかということも知っておかなければならないのでしょうね。
        やはりこの競技はなんでも要求してきます。

  • 匿名2025-08-29

    先日円盤選手の動画についてのあるコメントが私の目を引きました
    「おそらく彼は実際の投げのほうが空ターンよりうまいタイプなんでしょうね。」
    実は私も実際の投げに比べて、空ターンが絶望的に下手なので、
    (具体的にはセカンドで重心が変に高くなる、右腕の軌道が荒ぶる)同じような人もいるんだなあと。
    この、空と投げのターンのギャップはどうして起こるのでしょうか
    また、これは積極的に解消するべきなのでしょうか。
    ぜひ投人さんのご意見を伺いたいです。
    技術的指導に当てはまりそうなので無理ならお答えいただかなくても構いません。

    返信する
    • 投人(admin)2025-08-29
      ↳ 匿名 への返信

      選手としては雑魚も良いところの私で良ければ私見を述べさせていただきます。円盤やハンマーでは投擲物とつり合いを取ることが求められますよね。

      空ターンだと何も持たない状態、持っていても重量物ではありませんから実際のターンに比べて遠心力はかかりません。遠くへ飛ばせる合理性よりも、どれだけ「型」ができているか、イメージ通りの動作ができるかということが大事になってくるのではないかと思います。

      投擲物を持った方がやりやすい方は理論より感覚派かな?意識せずとも重量物を動かす前提の動きをしている、できているがために何も持たないと動きが崩れてしまう。必ずしも悪いことばかりではありませんが…。

      逆に空ターンが得意で実際の投げはイマイチという方はターンのイメージと重量物の動きがマッチしていないのかもしれません。型はできているけど実践的ではないというか。もしくは単なる筋力不足の可能性もあります。言うなれば空手の型が上手い人でもフルコンタクトが強いとは限らないって感じでしょうか。つまり、綺麗にできたからって必ずしも直接距離に結びつくとは限りません。

      それでもトップクラスの選手はどちらも上手な人がほとんどだとは思いますが。

      少し話題からは逸れますが、円盤投の名コーチ、ハフステインソン氏はあまり立ち投げを重視しないそうです。「実際ターンで投げるんだから立ちばっかりしてたってつまらないだろ」というようなことを語っていたのですが、実際海外選手の話を聞いても立ち投げはアップ程度にしかしない、という方も少なくありません。

      投擲競技自体も同じで、実際は投擲物を持って行うわけですから空ターンより良くて当然といえば当然かもしれません。

      P.S.
      これ書いてて思いましたけど、「円盤投・型」みたいな種目があっても面白いかもしれませんね。空ターンの美しさを競うんです。

      返信する
      • 匿名2025-08-30
        ↳ 投人(admin) への返信

        お答えいただきありがとうございます!!
        重量物を持つ実際のターンと空ターンでは感覚が違うのは当然ですから、両者の形の違いに神経質になりすぎないほうが良さそうですね。
        空ターンはフォームの練習というよりも、自分のイメージと実際の動きを結びつける、身体操作のトレーニングとみなしたほうがうまくいきそうだと思いました。
        結構経験を積んでも人に聞いて初めて分かることはあるものですね。質問してよかったです。改めて回答ありがとうございました。

        立ち投げについては、昔、大会の練習投擲で立ち投げをしていたら強豪校の選手に鼻で笑われたことを思い出しました笑。曰く、「練習は2回しかないのにもったいない」だそうです。
        あとは私は砲丸の立ち投げが嫌いでした。グライドの反動がないと重すぎてうまく押せないんですよね。それでよく指を捻挫したものです。

        ターンの美しさを競う競技、いいですね。
        マイコラス、カンテル、ワイスハイデンガーとかが高得点だと思います。個人的には。

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        • 投人(admin)2025-08-30
          ↳ 匿名 への返信

          鼻で笑うような人がいたんですか?仲の良い友人同士の会話ならまだわかりますが、失礼な方ですね…。アップの仕方なんて人それぞれだろうに。
          上手く説明できないけど、私はなぜか練習一投目からターンやグライドで投げるのが怖かった思い出があります。しょうもないことを気にしすぎていただけなんでしょうけど。

          砲丸は私も立ち投げ苦手意識ありました。筋力、特に下半身が弱かったのでグライドの勢いがないと砲丸が上手く押せなかったんですよね。大人になって16ポンドを投げていた時期もあるのですが、シニア規格だとなおさら立ち投げが難しかったです。以前ここにも書きましたが、土台となるフィジカルがないとまともに投げることもできないんだと痛感しました。

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