投擲競技において合理的なフォームとは

遠くへ投げる能力を持つ人が集まるのが国内選手権や国際大会であるから、体格が大きく合理的な技術を持つ選手ばかりになるのは必然である。しかしトップレベルでは体格だけで決定的な優劣がつきにくいからこそ、技術の完成度をどれだけ高められるかが最終的に勝負の決め手になることが多いのではないだろうか。

実際に一部例外はあれど、金メダルを獲るような選手はどれも洗練されたフォームばかりである。

目指すは万能超人

したがっていくら体格の小さい選手でも、技術偏重になるのはいただけない。“技”を“競う”のが競技なのだから、どの選手も上手くて当然である。身長は変えようがないにしても、パワーや身体能力強化を怠っていては結局その部分での差が記録に表れることになる。長所を伸ばすと言えば聞こえはいいが、自らの短所から目を背ける口実であってはならない。技術を重視するのと、技術に逃げるのとでは全く意味合いが異なるのではないか。

陸上を始めた頃は部内で最も非力だったというコバクス

ハンデがあるからといって、それを放置してみすみす差をつけられては投擲選手の名折れ。長所は成熟すればするほど伸びが鈍化するものだが、苦手なものほど自分が想像するより可能性が秘められていることが往々にしてよくある。創意工夫が思わぬ形で実を結ぶこともあるのが、投擲の奥深さではないだろうか。

ところで、唐突だがあなたはロールプレイングゲームをプレイされたことがあるだろうか。ドラクエでもFFでもポケモンでもスマホゲームでも何でもいい。経験のある方はよくご存じかと思うが、能力が数値化されたこれらのジャンルでは得手不得手が明確なキャラクターのほうが役割を持ちやすく、一点特化型が幅を利かせることがある(もちろん例外もあるだろうが)。逆にステータスが平均的だと器用貧乏扱いされることも珍しくなく、ステータスの合計値よりも配分の方が重視されることも。

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すなわち要不要がはっきりしているということだが、投擲の場合は不要な能力というものはほとんど存在しないというのが私の考えだ。投擲のような無酸素運動には必要ないと思われがちな持久力や心肺機能でさえ、強度の高い練習をこなすために最低限求められるレベルがある。苦手なものは少なければ少ないほど良い。

その点において、投擲と十種競技は非常に似ている。様々な能力が要求され、特化型よりも万能型のほうが高得点を稼ぎやすい。アシュトン・イートンケビン・メイヤーなど、多少の得意・不得意はあるものの9000点プレイヤーはどの種目でも穴というものがない。世界クラスの選手ならば、日本選手権の投擲種目で戦えるレベルにあるというのもうなずける。

デカスリートながら回転投法を駆使するM.スミス

この話は既に何度かしたような気がするが、北京五輪十種競技金のブライアン・クレイ(アメリカ)が砲丸投げで16m27,円盤投げでは十種競技内種目最高の55m87(日本歴代では12位相当)を持っていると聞き驚いた覚えがある。

クレイは十種の選手としても非常に小柄で、180cm/84kgしかない。しかも日系三世の祖父と日本人の母を持つ混血選手であり、体型も日本人に近い。この体格で、かつ投擲だけに練習時間を割けない中で55mも投げられる選手が果たして日本にどれだけいるだろうか。

投擲道とは可能性の探求にあり

スプリント・ジャンプ・ウエイト─使えるものは何でも使う、できることは全て試し、伸ばせるものは長短に関わらず伸ばす─あらゆる要素を集約した、いわば陸上の総合芸術とも言えるのが投擲競技ではないかと思う。一点集中ではなく、選り好みせず遠くに投げるために必要な要素全て鍛えていくことこそが投擲選手に求められる根幹の能力であり、合理的な投げなのではないかと私は信じている。

そもそも投擲動作とは、走・跳とは異なり動物の中でも知能の高いごく限られた種にしか行うことのできない複雑な運動である。遠くへ投げるという行為は文字の上ではごく簡素な概念に感じられるが、実現のために途方もない研鑽と献身が必要なことは、スロワーなら日々痛感していることだろう。

発展途上にある選手はまずタイプBの投げを習得し、キャリアを重ねることでタイプAの投げに昇華してもらいたいものだ。そうして、いつか己の投擲道に答えを見出してほしい。

P.S.技術的指導はお断りしているが、投擲にまつわる疑問で投人の見解を問いたいという方はDMやコメント欄にでも書き込んでいただければなるべくお答えすることにはしている(少なくとも処理できる分量であれば)。

  • 匿名2024-02-15

    スポーツの話だとテクニックとフィジカルを分けて考えたがる人も多いですが、少なくとも投擲においてこの二つは不可分でしょうね
    世界のトップ選手はどちらもハイレベルです(代表的なのはクラウザー、ギュンター、室伏さん等…)

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    • 投人2024-02-15
      ↳ への返信

      フィジカルがあって初めて成立する動きもたくさんありますからね。おっしゃる通りその三人のようにどちらもハイレベルにある人が頂点を極めるのかと思います。

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      • 匿名2025-07-16
        ↳ 投人 への返信

        フィジカルがあって初めて成立する動きがあるっていうのにものすごく共感を覚えます。
        そもそも投擲物って重いですからね。

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        • 投人(admin)2025-07-16
          ↳ への返信

          陸上で道具をメインに扱う種目って投擲と棒高跳とリレーくらいしかないんですよね。身体を素早く移動させる、重心を上手に運んでいく動作が主となる走・跳種目に対し投擲は道具に大きな力を加える運動であり、全身で生み出すパワーがとにかく重要になります。重量物に負けないだけのフィジカルがあるのとないのとでは大きな違いがありますね。投擲物を軽く扱えるというだけで投擲動作における「ゆとり」には歴然とした差が出てくるのではないかと思います。

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          • 匿名2025-08-17
            ↳ 投人(admin) への返信

            「技術のが大事だー」とか言ってウェイトから逃げてきた私には耳の痛い話です…!
            ちゃんと筋トレもしないとなあ…

  • 匿名2025-08-26

    投人さんは、「綺麗に見えるフォーム=合理的なフォーム」は成り立つと思いますか?また、その逆は成り立つと思いますか?
    私の場合、自分の円盤のターンを動画で見返した時、間違った動きがあれば、なんか違うなあとなるのです。
    しかし、上手いと言われている人のターンでもたまに違和感が生じることがあり、上手ければ綺麗に見えるという自分の感覚に疑問を持つようになってしまったわけです。
    ご意見を聞かせていただければ嬉しいです。

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    • 投人(admin)2025-08-26
      ↳ 匿名 への返信

      うーん難しいですが、概ねその傾向があるといったところでしょうか。綺麗に見えなかったり、定石から外れたように見えるターンをする人でも強い人はいますからね。過去私の動画で解説したワイスハイデンガー選手やオルテガ選手がそれに当たるかもしれません。やはり個人個人で能力や体格は異なりますから、その人にとっては正解・合理的なのかなと。

      綺麗に見えるかどうかは完成度の高さもそうですが、ターンの個性に依るところも大きいのではないでしょうか。定石通りのターンをしている人(円盤の残しが大きい・ブロックが上手いなど)であれば完成度さえ伴っていれば美しく見えるものだと思います。

      私も、日本のトップ選手を見ていて必ずしも綺麗なターンをしている人ばかりではないと感じていますが、実際結果は出しているので彼らにとっては合理的なのでしょう。
      ただ、匿名さんの感じた違和感を選手本人が感じている可能性もありますので、その感覚が間違いとも言い切れないかもしれませんよ。

      形を真似ることも大事ですが、最優先されるべきは目標とする動きが出来た場合、本当に飛距離に寄与するのかということではないでしょうか。実際すぐ飛距離に結びつかなくても、投げやすくなったとか、ファウルが減ったというようなプラスの効果が表出するならばあなたにとって理に適った動きになっているということだと思います。

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      • 匿名2025-09-20
        ↳ 投人(admin) への返信

        自分から質問しておいて、お礼の一言も言わないまま…気づいたらこんなに時間が経ってました。無礼をお許しください。
        改めて詳細な説明ありがとうございました!!
        これを踏まえると、いい投げをしようとするなら
        、正しい形だけでなくどうすれば飛ぶかということも知っておかなければならないのでしょうね。
        やはりこの競技はなんでも要求してきます。

  • 匿名2025-08-29

    先日円盤選手の動画についてのあるコメントが私の目を引きました
    「おそらく彼は実際の投げのほうが空ターンよりうまいタイプなんでしょうね。」
    実は私も実際の投げに比べて、空ターンが絶望的に下手なので、
    (具体的にはセカンドで重心が変に高くなる、右腕の軌道が荒ぶる)同じような人もいるんだなあと。
    この、空と投げのターンのギャップはどうして起こるのでしょうか
    また、これは積極的に解消するべきなのでしょうか。
    ぜひ投人さんのご意見を伺いたいです。
    技術的指導に当てはまりそうなので無理ならお答えいただかなくても構いません。

    返信する
    • 投人(admin)2025-08-29
      ↳ 匿名 への返信

      選手としては雑魚も良いところの私で良ければ私見を述べさせていただきます。円盤やハンマーでは投擲物とつり合いを取ることが求められますよね。

      空ターンだと何も持たない状態、持っていても重量物ではありませんから実際のターンに比べて遠心力はかかりません。遠くへ飛ばせる合理性よりも、どれだけ「型」ができているか、イメージ通りの動作ができるかということが大事になってくるのではないかと思います。

      投擲物を持った方がやりやすい方は理論より感覚派かな?意識せずとも重量物を動かす前提の動きをしている、できているがために何も持たないと動きが崩れてしまう。必ずしも悪いことばかりではありませんが…。

      逆に空ターンが得意で実際の投げはイマイチという方はターンのイメージと重量物の動きがマッチしていないのかもしれません。型はできているけど実践的ではないというか。もしくは単なる筋力不足の可能性もあります。言うなれば空手の型が上手い人でもフルコンタクトが強いとは限らないって感じでしょうか。つまり、綺麗にできたからって必ずしも直接距離に結びつくとは限りません。

      それでもトップクラスの選手はどちらも上手な人がほとんどだとは思いますが。

      少し話題からは逸れますが、円盤投の名コーチ、ハフステインソン氏はあまり立ち投げを重視しないそうです。「実際ターンで投げるんだから立ちばっかりしてたってつまらないだろ」というようなことを語っていたのですが、実際海外選手の話を聞いても立ち投げはアップ程度にしかしない、という方も少なくありません。

      投擲競技自体も同じで、実際は投擲物を持って行うわけですから空ターンより良くて当然といえば当然かもしれません。

      P.S.
      これ書いてて思いましたけど、「円盤投・型」みたいな種目があっても面白いかもしれませんね。空ターンの美しさを競うんです。

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      • 匿名2025-08-30
        ↳ 投人(admin) への返信

        お答えいただきありがとうございます!!
        重量物を持つ実際のターンと空ターンでは感覚が違うのは当然ですから、両者の形の違いに神経質になりすぎないほうが良さそうですね。
        空ターンはフォームの練習というよりも、自分のイメージと実際の動きを結びつける、身体操作のトレーニングとみなしたほうがうまくいきそうだと思いました。
        結構経験を積んでも人に聞いて初めて分かることはあるものですね。質問してよかったです。改めて回答ありがとうございました。

        立ち投げについては、昔、大会の練習投擲で立ち投げをしていたら強豪校の選手に鼻で笑われたことを思い出しました笑。曰く、「練習は2回しかないのにもったいない」だそうです。
        あとは私は砲丸の立ち投げが嫌いでした。グライドの反動がないと重すぎてうまく押せないんですよね。それでよく指を捻挫したものです。

        ターンの美しさを競う競技、いいですね。
        マイコラス、カンテル、ワイスハイデンガーとかが高得点だと思います。個人的には。

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        • 投人(admin)2025-08-30
          ↳ 匿名 への返信

          鼻で笑うような人がいたんですか?仲の良い友人同士の会話ならまだわかりますが、失礼な方ですね…。アップの仕方なんて人それぞれだろうに。
          上手く説明できないけど、私はなぜか練習一投目からターンやグライドで投げるのが怖かった思い出があります。しょうもないことを気にしすぎていただけなんでしょうけど。

          砲丸は私も立ち投げ苦手意識ありました。筋力、特に下半身が弱かったのでグライドの勢いがないと砲丸が上手く押せなかったんですよね。大人になって16ポンドを投げていた時期もあるのですが、シニア規格だとなおさら立ち投げが難しかったです。以前ここにも書きましたが、土台となるフィジカルがないとまともに投げることもできないんだと痛感しました。

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