投擲競技における2024年展望 砲丸投げ編

パリ五輪開催を控えた2024年は、翌年に東京世界陸上を控える日本にとっても重要な一年になる。当記事では投人がパリ五輪の展望について触れることとする。

クルーザーの世界新とイタリア勢に期待

男子は何といってもライアン・クルーザーの五輪三連覇・世界記録更新に期待がかかる。今年32歳を迎えるクルーザーだが、彼の進化は留まるところを知らない。昨年5月に23m56の特大世界新をマークし、ブダペスト世界陸上でも23m51を投げて二連覇・二大会連続の大会新をマークして圧勝。クルーザーはこれまで世界歴代二位のジョー・コバクス(23m23)を上回るパフォーマンスを何度も記録しており、”ロンドン世界陸上の悲劇”のような不測の事態が起きなければ五輪三連覇は堅い。願わくば今度こそ五輪の舞台で世界新が見たいところだ。

一方、ライバルのコバクスは一昨年子宝にも恵まれ公私ともに充実した状態が続いている。今年35歳を迎える大ベテランだが、その実力はまだまだ健在だ。昨年のブダペスト世界陸上ではレオナルド・ファブリ(イタリア)の躍進もあり銅メダルに留まったが、2015年世界陸上北京以来7大会連続のメダルを獲得。金・銀・銅のメダルコレクションも世界デビュー9年目でついに完成させた。また、同年のダイアモンドリーグファイナルではクルーザーを抑え、セカンドベストとなる22m93をマークし優勝。大舞台での底力は目を見張るものがある。

ブダペストの時は予選・決勝が同日実施だった上に、予選時には突然の雨による悪コンディションも重なり大ベテランにはやや不利な状況であったことは否めない。だが、今年のパリは予選が8月2日(午後7:50)、決勝が翌3日(午後7:45いずれも現地時間)に行われるため予選での消耗さえ抑えられれば、クルーザーを脅かす一番手に名乗りを上げるだろう。逆に、予選で三投要する展開になると絶好調のクルーザーに食い下がるのは非常に難しくなってくる。

この二人に次ぐ実力者がトマス・ウォルシュ(ニュージーランド)。近年はアメリカ勢に後塵を拝しているウォルシュだが、そこは自己ベスト22m90を持つ金メダリスト。2019年の調子を取り戻せば再び金メダル争いに加わってくる可能性が高い。また、決勝常連ではあるものの未だ屋外のメダルに縁がないダーラン・ロマニ(ブラジル)は再び22m中盤に持ってくることができれば、コバクス,ウォルシュに勝利し念願のメダル獲得も現実味を帯びてくるだろう。

長年世界トップレベルに君臨してきた上記の選手に加え、私個人が特に気になっているのがイタリア勢の二人。レオナルド・ファブリは先述の通りブダペストでコバクスを破り殊勲の銀メダルを獲得。21m後半のベストを持つ実力者であったが、屋外の世界大会では決勝進出の経験がなかったファブリの大躍進に驚いた投擲ファンは多いだろう。五投目のファウルでは大会記録ライン(22m94:R.クルーザー)に迫る大投擲を見せ、クルーザーの肝を冷やす場面もあった。

アトランタ五輪男子砲丸投げ4位のパオロ・ダル・ソリオ氏から指導を受け、ようやく才能が開花しつつあるファブリのポテンシャルは測り知れない。イタリア記録はアレッサンドロ・アンドレイの22m91であり、現在も世界歴代5位に位置する。ブダペストでのファウルを見る限りでは、既にイタリア記録更新も視野に入る実力があると思われる。今年27歳になるファブリは、投擲選手として脂が乗ってくる年代だと言える。もし22m台後半の記録をマークできれば、クルーザーやコバクス,ウォルシュに匹敵するタレントとさえ言えるかもしれない1

同じくソリオ氏から指導を受けているゼイン・バイアーの存在も忘れてはならない。ブダペスト世界陸上では決勝に進みながらも19m99で11位に終わる不本意な結果となったが、翌月母国イタリアで22m44の自己新を叩き出した。この記録は21世紀の欧州最高記録であり、アンドレイに次ぐイタリア歴代2位である。ファブリ同様、従来の回転投法にふさわしい”伸るか反るか”な一発型の選手であるが、会心の一投が出ればジャイアントキリングも期待できる底力を秘めているのは間違いない。

残念ながらニック・ポンツィオは資格停止処分が解除される期日がパリ五輪以降のため、今年も出場は叶わない。彼の分までイタリア勢には健闘を期待したい。

威信をかけるグライドVS回転

女子は鞏立姣の二連覇達成に注目。2007年の世界陸上大阪以来、長きに渡り世界の第一線で活躍する砲丸女王は、コバクスと同じ19989年生まれの大ベテランだ。五輪・世界陸上でメダルコレクションを完成させていることからも、その輝かしいキャリアと息の長さがうかがえる。男子より数年遅れで回転投法が席巻しつつある女子砲丸投げ。世界大会では今や半数が回転投法の選手によって占められており、年々勢いを増している。鞏立姣自身もグライド最後の砦となりつつあり、ここでメダルも逃すようであればいよいよ世代交代、新たな時代の幕開けとなるだろう。

男子でも、リオ五輪の年に引退したトマシュ・マイェフスキと回転投法で五輪新をマークしたクルーザーの台頭は世代交代を強く印象付けるシーンだった。女子にもいよいよ回転の天下が訪れようとしている。その旗印となりうる存在が、世界陸上二連覇中のチェイス・イーリーである。昨年はブダペスト世界で危なげなく二連覇を果たすと、ダイアモンドリーグファイナルで20m76のアメリカ新をマーク。2016年リオ五輪でミシェル・カーターがグライド投法でマークした20m63を塗り替え、アメリカの女子砲丸投に回転の時代を到来させた。

Photo by Victah Sailer

女子における回転の歴史は男子に比べまだ浅いが、それでもイーリー自身のパフォーマンストップ10で全て20mを超えるなど、安定感も折り紙付き。今年30歳を迎えるベテランだが、意外にも五輪の出場経験はない。激戦区の全米選考会を無事突破し、五輪のプレッシャーに耐えることができるかが焦点となる。

女子もベテラン勢がメダル候補に挙げられるが、比較的若いジェシカ・シルダー(オランダ)や、円盤投げでも活躍するジョリンデ・ファン・クリンケンにもビッグショットを期待したい。

  1. ※27歳時(満年齢)のベストはクルーザーが22m91,ウォルシュが22m90,コバクスは22m56 ↩︎