投擲競技における2024年展望 ハンマー投げ編

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サムネイル:https://www.tsn.ca/other-sports/canada-s-ethan-katzberg-wins-gold-in-hammer-throw-at-world-championships-1.1998050(The Canadian Press

絶対王者に取って代わる若い世代に注目

昨年のブダペスト世界陸上では、世界陸上5連覇中だったパベウ・ファイデクがついに王座から陥落。新世代の王者となったのは21歳のイーサン・カツバーグ(カナダ)だった。若さもさることながら、競技歴わずか4年で世界の頂点に立ったというのだから驚きだ。

テグ世界陸上砲丸投銀メダリストのディラン・アームストロングに師事するカツバーグは、ハンマー投げ選手の中でも特に大柄な197㎝の体躯を誇る。一方、体つきは細身であり、ウエイトの数値を上げるだけでもかなりの記録向上が見込めそうな、伸びしろたっぷりといった怪物ぶりである。

しかし、競技歴の浅さや筋力の低さに見合わず、ターン技術は非常に精巧でセンスを感じさせるものがある。軸を保ってターンしているだけでなく、フィニッシュまでしっかり決めるのは容易ではない。

ハンマー投げにはなぜ195㎝以上の選手が少ないのかと言えば、一つは円盤投・砲丸投に逸材が流れてしまうということと、もう一つは重心の高さにあると私は考えている。近年世界トップスロワーの一人として活躍しているヴォイチェフ・ノビツキはカツバーグと同じく2m近い長身選手であるが、長い脚でハンマーと釣り合いを取るのに長年苦労していた印象がある。特に、プレッシャーのかかる世界大会ではターンがグラついて80mがなかなか超えられなかった。ファイデクの天下が長く続いたのも、ノビツキが巨体を上手くコントロールできず、一発が出しづらい状態だったことも関係しているだろう。東京五輪ではついに才能を開花させ、80mスローを連発。翌年のオレゴンではファイデクに敗れはしたが、81m03,ブダペストでは81m02でいずれも銀メダルを獲得している。

このように長身選手が強烈な遠心力に対抗できるターンを習得するには長い年月がかかるものと思われていた。ところがカツバーグはわずか4年で、世界の大舞台でも軸のブレない安定したターンを披露した。そのポテンシャルには舌を巻くしかない。

ご存じの通り、世界記録保持者のセディフや歴代二位のリトビノフは180㎝前後という非常に小柄な選手で高速ターンを用いる選手だった。彼らの身長が190㎝だったら、恐らく全く異なるターンをしていただろうし、ともすればあれだけ大成することもなかったかもしれない。

現在世界記録更新には程遠い状況にあるハンマー投げだが、新しい風を吹かせ閉塞的な時代を終わらせるのはカツバーグのような体格・技術・センスを兼ね備えた選手なのかもしれない。

しかし10年もの長きに渡り絶対王者として君臨したファイデクにも、まだメダルを獲る力はある。ジョルコフスキーの後を継ぎポーランドのハンマー投げを牽引してきたプライドにかけ、そう易々とフェードアウトするつもりはないはずだ。

同い年のノビツキもベテランの意地がある。昨年カツバーグに煮え湯を飲まされたが、若手にいつまでも好きにさせるわけにはいかないだろう。東京時のノビツキが戻ってくれば、五輪二連覇も決して夢ではない。

私としてはもう一人注目してほしい選手がいる。ハーバード大のケネス・イケジ(イギリス)だ。カツバーグと同じ2002年生まれの若い選手だが、昨年の全米学生選手権で77m92の自己ベストを出して優勝している。前年のベストが69m01と、日本選手と大差ないくらいだったのがわずか一年で世界レベルの記録を出してきた。この種目では黒人選手自体が非常に珍しく、世界レベルで見ても私が覚えているのはキブエ・ジョンソン(アメリカ)くらいだろうか。黒人特有の高重心はハンマー投げと相性が良いようには思えないが、この若さで78m弱投げているのは評価できる。カツバーグの大躍進はさぞ良い発奮材料になったことだろう。

引用:https://athleticsweekly.com/interviews/kenny-ikeji-keen-to-make-his-mark-1039969284/

昨年は体調不良により試合出場がなかったイギリスのハンマー王者、ニック・ミラーを破り世界への扉をこじ開けるか。若手の活躍に期待したい。

また、アメリカ記録保持者ルディ・ウィンクラーにもそろそろ世界大会でのメダルを獲得して意地を見せてもらいたいと思う。

世界王者VSハンマー女王

昨年肩の不調によりブダペストで予選敗退を喫したブルック・アンダーセン(アメリカ)がどこまで調子を戻してきているかが焦点となる。同国の80mスロワー、ディアナ・プライスは怪我を乗り越えて復調傾向にある。再び80m台に乗せてくれば、金メダル候補として不足はない。

だが昨年の実績や勢いからすると、カムリン・ロジャーズ(カナダ)が金に最も近い存在であろうか。2014年以降9年連続で自己ベストを更新している24歳で、昨年のブダペストではカツバーグとともにアベック優勝を成し遂げた逸材だ。

大学卒業後のプロ一年目だった昨年は、スポンサーがつかず経済的に芳しくない状況のまま世界陸上を迎えた。しかし優勝した次の日には、ナイキとスポンサー契約を締結。今年は金銭面での不安なく競技に打ち込めるため、さらに記録を伸ばしてくることは想像に難くない。

五輪三連覇中のヴォダルチク (fot PAP/EPA)

年齢的に恐らく最後の五輪となるであろうアニタ・ヴォダルチクの動向も気になるところ。昨年は怪我からの復帰シーズンだったこともあり、SBは74m81に留まった。ブダペストでも予選敗退となったが、恐らく彼女にとって最も重要なのはパリ五輪での四連覇である。達成されれば、アル・オーター,カール・ルイスに続く陸上史上三人目の快挙である。アメリカ勢,ロジャーズらのうち最低でも一人は80m近く投げてくることが予想される以上、四連覇への道は非常に険しい。しかし2022年、故障前には78m台をマークしていたこともあり、その頃の調子まで上げてこられれば優勝の可能性は十分ある。四連覇を達成した暁には、ぜひ年間最優秀賞を与えてほしい。種目だけを見て正当に功績を判断できない世界陸連など必要ない。

ヴォダルチクは、今や数少ない2000年代から活躍を続けている選手。最後に一花咲かせて、輝かしいキャリアの集大成を飾ってほしい。