Q.2 堤雄司選手と湯上剛輝選手の技術について知りたい!中学生が参考にするならどっち!?メリット・デメリットは?【投人の目安箱回答編】

「こんにちは。円盤を投げている中2です。私はよく日本選手権や、国体など、実業団選手の投げを見るのが好きです。自分なりに考察をして投げに取り入れたりもしております。そんな中で気なったのですが、堤選手とその他の選手(今回は湯上選手とする)ではターンからリバースまで、異なる動きをしていると感じます。そこでお聞きしたいのですが、2人の選手の技術の違いについて説明して頂きたいです。

基本的な技術は分かりますので難しい内容でも喜んで読ませていただきます。また中2の僕が参考にするならば、どちらの選手が良いでしょうか?それぞれのメリット、デメリットも教えていただけると幸いです。長文となりましたがどうかよろしくお願いいたします。

追記  具体的な意見を書けずに申し訳ございません。」

以上、おふじ君からの質問です。中学生ながら丁寧に書いていただきありがとうございます。

しかし…困りましたね。このお二人の技術解説とは。

私が日本選手の投げにあまり触れてこなかったのは、選手ご本人が目にする機会があるからなんですよね。

海外の選手だと極東のイチ投擲ファンが何か言ったところで耳にも届かないでしょうが、国内の話となると迂闊なこと書けなくて怖いですね…。

(解釈違いとかあっても叩かないでね…)

ですが、せっかく未来ある中学生から質問をいただいたので答えないわけにはいきません。

自分の浅い見識でどこまで解説できるかはわかりませんが、いいでしょう。何とか納得のいく回答を出してみましょう。

願わくは二人の目に入りませんように…。

第一人者・堤雄司選手

畑山茂雄さんや小林志郎さんの後を継ぐ形で日本円盤投界を引っ張ってきたのがこのお方。川崎清貴さんの日本記録をついに更新し、長年この種目全体の記録向上に大いに貢献されてきました。

トップ選手らしくやや難解な内容ですが、ご本人が技術解説の記事を上げているのでそれを参考に私の視点で書いていくことにします。

堤選手の投げを見てまず思うのは、軸をしっかり立ててその周りを忠実にターンしているなというところです。

ターン全体を通して円盤と体幹のバランスが良く取れていて、大崩れしにくそうな技術に見えますね。自身の持つ日本記録が62m59で、湯上選手や歴代2位の幸長慎一選手とは記録上の差こそ大きくないのですが、堤選手ほど60mを多数記録した選手は他にいません。

ワインドアップの時、肩幅よりもかなり広くスタンスを取っています。堤選手はスイープレッグの幅は他選手と比較するとむしろ狭い部類なのですが、これを相殺するためにスタンスを広く取ることでスイープレッグのモーメント(勢い)を増加させようとしているのでしょう。

スイープレッグの幅が狭いのも、軸をしっかり固定することで捻りを強くすることを重視しているからなのではないかと思います。

細部は異なりますが、パっと見のターンの印象はアンドリウス・グドジウス選手にも少し似ていますね。

ファーストターンの軸足はかなり角度が浅いですね。これも前述の軸を中心とした回転・捻りの強さを目指した結果なのでしょう。

ダニエル・スタール選手やマイコラス・アレクナ選手も似たような角度です。

ファーストターンの右足接地位置は4時あたりと、かなり珍しいほど空中で足を回しこむ選手です。これに関しては彼のお父様である堤裕之先生が説明されていました。

堤先生は「右足を接地する時に内向きにすることで下半身先導の動きになる」と仰っていますが、これを非常に浅い角度で行うのが世界トップクラスの選手です。

時計で言うと9時~8時の間くらいの位置になりますが、多くの日本選手が苦手とする右足のスムーズな回しが必須となる技術です。

堤選手のように思い切って内側まで回しこんでしまうのも、日本人向けの技術であると考えられます。下手に右足を回すくらいなら、こちらのほうがずっと効果的ですね。

特に中高生は中途半端に右足を回そうとしてリリース局面で腰が入らない、地に足つかない不安定な投げをしている選手が目立ちます。堤選手の動きは非常に参考になるでしょう。

このように堤選手は他の選手と一線を画すユニークなフォームですが、円盤投の基本である「軸の中心から最大半径で円盤を大きく動かす」という動作を忠実に行っている選手だと思います。

ご本人曰く、投射角を上げるためにハイポイント・ローポイントをあえてずらすという高度な技術も取り入れているようです。

そのためかはわかりませんが、リバース時のリフト動作も非常に力強く感じられます。

当たり前の話ですが、彼のNoteを見るとトップ選手は見た目から分かること以上に色々考えてターンを構築しているのだと痛感させられますね。

日本歴代3位・湯上剛輝選手

湯上選手と言えば、2018年の日本新三連発にはたまげました。ついに日本人が62mまで来たか~と感慨深いものがありました(実は生で見れなかったんですけどね…)。

その後堤選手に日本記録を奪還されて、これからは二人で更新合戦!かと思いきや中々60mが遠く、苦労されているようです。

現在は前オーストラリア記録保持者ベン・ハラディン氏指導の下、再びベストを更新し日本選手権のタイトル奪還を目指すべく積極的に海外遠征も行っているようです。

歴代記録こそ幸長慎一選手に抜かれ3位に後退したものの、アベレージの高さや実績からして実力は堤・湯上のツートップで、それに幸長選手を加えてBIG3といった状態が続いていますね。

2018年日本選手権で62m16の日本新記録(当時)を樹立

堤選手とは対照的に、湯上選手は円盤の最大半径よりも円盤を地面に対し水平に動かす、“円盤が走る”投げであると言えます。これももちろん円盤投の基本です。

軸足膝の角度・向きを見ても分かるように、ファーストターンでは軸足を左のセクターライン方向まで捩り込み、キックによる推進力を高めているのがわかります。

日本選手でここまでしっかり投擲方向へ膝を入れる人は他にいないでしょうし、世界レベルで見ても稀ではないでしょうか。

サイド視点からだとより明確に推進力の強いターンであることが見て取れます。ファーストターンのスイープレッグは通常サークルの中央線あたりに着くことがほとんどですが、彼の場合は中央線を大きく超えた位置に接地するのが特徴です(※)。セカンドの左足はサークルの端ギリギリに着いており、サークルをフルに使っています。

(※2018年頃の動画を見てみると中心線あたりに着いているように見えるので、これが今の彼にとっていい動きなのかはわかりません…)

2022年日本選手権にて【撮影:投人】

高速ターンや円盤の走りを重視するターンはハイポイントを高くするのが難しいです。例えばピオトル・マラチョフスキ選手は世界トップ選手の中でもハイポイントはかなり低いほうでしたが、あの高速ターンで円盤を上手く走らせることができているので距離に繋がっています。

湯上選手も彼と似たようなタイプで、ターン中の円盤の軌跡がそっくりですね。円盤を水平に動かしてターンスピードをそこに上乗せしていく、という感じの投げと言えるでしょうか。

ただこの手のターンは「速く・大きく・正確に」行うのが非常に難しく、少しの力みや緊張、感覚のズレで崩れる危険性を孕んでいます。

2018年の日本選手権、湯上選手の62m16を改めて観察すると、この時はターンスピードも非常に速く動作一つ一つにもたつきがありません。それでいて、上半身が良い感じに脱力できているので円盤がスムーズに走っています。

リリース後も美しい姿勢角を保ったままスーッと伸びていく感じがありますよね。

日本新樹立時は三投ともサークルの中央を捉えている

近年の湯上選手が自身のSNSにて「ターンが小さい」「足が回っていない」といった感じの反省をよくされているのを目にしますが、確かに最近の投げを2018年時と比較すると右足の接地が中央より右で、動きが小さくなる傾向があるように思います。

2022年日本選手権の湯上剛輝選手

62m16に限らず、61m02、62m03の投げも体が良く動いていますね。大きく回ることと、速く回ることは両立が難しいですがこの時の湯上選手はそれができていたからこそ日本新三連発という離れ業ができたのでしょう。

彼自身が当時の調子をどのように認識していたかはわかりませんが、特に意識しなくても体が自然と動いた結果の投げというように感じます。

この時の感覚が戻ってくればまた60mを連発するだけの力はあるはずですし、ここ最近は59m後半を投げたりと惜しいところまでは行っています。もしかすると何かほんの些細なキッカケでまたブレイクスルーを果たすかもしれませんね。

2018年以来の60mを期待しましょう。

どちらを参考にするか

両選手ともどこに主軸を置くかの違いだけで、円盤投に必要な基本を突き詰めた投げをしていると私は思います。

円盤投における遠心力の強さは生来のリーチに依存する側面が大きいので、小柄な選手はやはり湯上選手の投げの方が円盤に与える力は大きくなるのではないでしょうか。

言い換えれば、最大半径を大きくするような投げは必然的にリーチの長さが重要になってくるので、背が低い選手が行っても大柄な選手に対して優位に立ちにくい、ということは言えるのではないかと思います。

要するに相手の土俵で戦っているようなものです。堤選手のように試行錯誤の末、何かこれといった強みを見つけたというわけでもない限りは、湯上選手のようなターンを参考にするほうが無難といえば無難ですね。

もちろん堤選手を参考にしてはいけないというわけではなく、要所要所で自分のターンに取り入れられそうなところは真似てみてもいいでしょう。

質問者のおふじ君は中2ですので、まだまだ基礎を学んでいる最中だと思います。現時点ではどちらかに寄せる必要はないと思いますし、単純に真似しやすい方、自分にとってやりやすい投げを参考にするのがいいのではないでしょうか。

いずれオリジナルのターンを構築していくことになりますが、たとえどのようなフォームを身に着けたとしても両選手から学んだエッセンスは無駄にはなりませんからね。

ターンのタイプは違えどトップ選手の長所はある程度共通していますし、様々な選手のターンを見てもっとも自分にふさわしいターンを研究してもらえればなと思います。

気になることがあったら当記事のコメント欄や投人の目安箱までお願いします。

2023年日本選手権

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